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2013年06月02日

本当は怖い指切りげんまん

あなたも子供の頃、人と約束をする時に歌いながら「指切りげんまん」をしたことがあるのではないでしょうか。しかしその歴史とは怖いものだったのです。

「指切りげんまん」の起源は江戸時代の遊郭。江戸の遊女の間で自分の小指を切り落として特別にひいきにしている男性客に贈るということが流行りました。つまりは、あなたは特別な人で他の客とは違うという強烈な意思表示。

やがてこれが転じて約束を守るあかしとして、今の「指切りげんまん」のようになります。ヤクザの世界の「指詰め」の風習もここから生れたものだとされています。

そして「げんまん」とは「拳万」であり、ゲンコツで一万回殴るという意味です。さらに歌では「ウソついたら針千本飲ます」と続くのですから、冷静に深く意味を考えれば残酷で恐ろしい話です。

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2013年05月31日

指輪を左手の薬指にはめるわけ

結婚している人に限らず、結婚していない人でもパートナーがいれば、左手の薬指に指輪をはめることが多いようですが、なぜ左手薬指なのでしょうか?

古代エジプトでは、左手の薬指は静脈が心臓につながっていると信じられていて「金の指」と呼ばれていました。また、古代ギリシャでは左手の薬指の血管は心臓にまっすぐ繋がっていると考えられていました。愛の血管、恋の血管などと呼ばれるもので、ここに愛の血液が流れていると信じられていたそうです。この指に「終わりのない」リングをつけることが、永遠の愛を意味するそうです。

また、合理的な考え方は、左手の薬指は指の中でも比較的動きが少なく、指輪が外れて紛失してしまう可能性が低いというわけです。

結婚指輪の始まりは、紀元前1世紀のローマの婚約指輪だといわれています。当時の人々は、婚約の証(あかし)に鉄の指輪を贈っていたそうです。これには意味があり、当時の結婚は結婚の相手をお金で買う「売買婚」が普通であったといいます。そして結婚が成立すると、世間にアピールするために「売買契約済み」の証として、力の象徴である鉄の婚約指輪を用いていたのだそうです。

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2013年05月29日

ありがとうの意味

私たちは感謝の気持を伝える時に「ありがとう」という言葉を日常的に使っています。漢字では「有り難う」と書きますが、この言葉がなぜ、感謝の気持を表すようになったのでしょうか。

「有り難う」の本来の意味は「有り難し(ありがたし)」だそうです。この「有り難し」の意味は「あり得ないこと、非常にまれ」や「あり得ないことが起こった」などという意味なのだそうです。

国学者の岩淵悦太郎氏は著書「語源散策」で「世にも極めてまれなことは、神や仏の力で実現されることが多い。いわゆる奇跡が起きる。霊験あらたかである。そういう場合に、神仏の前で『ありがたし』と手を合わせて拝む」と述べています。

このように「ありがとう」は神仏を讃える言葉だったわけです。本来は、「ありがとうございますお礼申し上げます。」や「ありがたく存じます。」と使われていましたが、時代とともに変化して省略されて「ありがとう」になったようです。

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2012年11月08日

茶壺に追われての意味とは

「ずいずい ずっころばし ごまみそ ずい 茶壺に追われて とっぴんしゃん・・・」と歌いながら順番に指を入れていく遊びがありました。

この歌の起源は、江戸時代の茶壺道中にあるそうです。「茶壺」というのは、お茶の葉を貯めておく大きな壺のことで、江戸時代には、この茶壺に茶の名産地である宇治の一番茶を入れて神輿(みこし)のようにかついで、江戸の将軍家へ献上するという習慣があったそうです。これが「茶壺道中」だそうです。

この「茶壺道中」は、非常に重要な行事であったそうで、この「茶壺」の行列を妨げると、切捨御免の時代であったので、斬られたり、罰せられたりしたそうです。

それで沿道の人達は、胡麻味噌を摩っているところに「茶壺」が近づくと、追われるようにして家の中へ逃げ込み、「茶壺」の行列が通り過ぎるまでジッと待ったいたそうです。

このありあさまを歌にしたのが「茶壺に追われて」なのだそうです。

続く「とっぴんしゃん」とは、追われるように家の中へ逃げ込む際に戸をピシャッと閉めるという意味だそうです。



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2012年04月04日

あの「赤い靴」の女の子は実在した

横浜の山下公園に銅像となって立っている、童謡「赤い靴」の女の子は、実在した人物であったそうです。そして、あのメロディの様に寂しいエピソードがありました。

「赤い靴」のモデルとなった女の子の名前は岩崎きみさんという名前だそうです。実際は歌の歌詞とは異なります。

「異人さんに連れられて行っちゃった・・・」とある、この女の子は、実際は船には乗らずに、実はずっと日本にとどまっていたのだそうです。

きみさんは1902年(明治35年)7月15日に静岡県不二見村(現在の静岡市)で生まれて間もなく、母親のかよさんと共に北海道へ渡ったそうです。

その後、母親のかよさんが、きみさんを連れて鈴木志郎さんという男性と再婚して、北海道の開拓農場へ入植したそうです。しかし、この生活があまりにも過酷で、母親のかよさんは当時まだ3歳だったきみさんを、アメリカ人宣教師チャールス・ヒュエット夫妻の養女にやむなく出したそうです。

そして、きみさんが6歳の時、ヒュエット夫妻はアメリカに帰ることになり、当然きみさんも、歌の歌詞にあるように横浜の波止場からヒュエット夫妻とともに船に乗るはずであったそうす。

しかし、ちょうどこの時、きみさんは、当時は不治の病であった結核にかかってしまっていて、とても長い船旅はできない体になってしまっていたそうです。

仕方なくヒュエット夫妻は、きみさんを東京の麻布永坂にあった鳥居坂教会の孤児院に預けて帰国したそうです。

しかし、母親のかよさんも、義父の鈴木志郎さんも、その事実を知らなかったそうです。きみさんはヒュエット夫妻と一緒にアメリカで幸せに暮らしているものと思っていたそうです。

その後、義父の鈴木志郎さんは、きみさんについて、親しかった野口雨情(のぐちうじょう)氏に話すと、雨情氏は、きみさんのそのイメージを詩として書いたので、事実とは異なる、きみさんが異国へ行ってしまった歌ができあがったそうです。

実際のきみさんは、孤児院に預けられた3年後、9歳という幼さでこの世を去ってしまったそうです。

1989年(平成元年)には当時、孤児院があった現在の麻布十番に「きみちゃん」像が建てられました。彼女の像の足元には、像が建ったその日に誰かが18円を置いたことに始まって、その後も毎日途絶えることなく、誰かが小銭を置いていくようになったそうです。

そして、このお金は、世界の恵まれない子供たちのために全額ユニセフに寄付されていて、総額で1000万円以上にもなり、ずっと現在も続いているそうです。

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『赤い靴』

赤い靴(くつ) はいてた 女の子
異人(いじん)さんに つれられて 行っちゃった
横浜の 埠頭(はとば)から 汽船(ふね)に乗って
異人さんに つれられて 行っちゃった
今では 青い目に なっちゃって
異人さんの お国に いるんだろう
赤い靴 見るたび 考える
異人さんに 逢(あ)うたび 考える

発表はされなかったものの、1978年になって発見された草稿には、以下の5番もあった。

生まれた 日本が 恋しくば
青い海眺めて ゐるんだらう(いるんだろう)
異人さんに たのんで 帰って来(こ)

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2012年03月28日

奥さん、奥様、と呼ばれるようになった理由

現代では気軽に「奥さん」「奥様」と呼ばれていますが、江戸時代の頃は、ちょっと様子が違っていたそうです。
もともと「奥」とは、入り口から離れた場所を指す言葉ですが、その意味が広がって建物や部屋を指す名称になったそうです。さらに江戸時代に「奥」と言えば、将軍、大名、旗本など身分の高い武家の屋敷において、その屋敷の主(あるじ)が寝食をした場所を指したそうです。

そして、その「奥」に暮らしていたのは、主人、妻子、奥女中で、特に将軍家では「大奥」と呼ばれていたそうです。

それに因んで、江戸では旗本の妻を奥様と呼ぶようになったとの事です。やがて上方で、豪商や医者の妻なども奥様と呼ばれるようになり、その後に庶民の間にも使われるようになったそうです。

また「女房」とは朝廷に仕える女官の部屋の名称と女官の呼称だそうです。紫式部や清少納言も、夫の有無に関わらず女房と呼ばれた訳です。後に、貴族や将軍家に仕える女性の呼称ともなり、江戸時代には妻の意味になったそうです。




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2012年02月19日

「いただきます。」の本来の意味とは

食事の前に『いただきます。』と言い、食事が終わったら『ごちそうさまでした。』と私たちは言っています。これは食事を作ってくれた人や食事代を負担してくれる人、或いは両親や、その食事のお世話をしてくれた人に対して使っている言葉ですが、本来は神様への感謝を表す言葉であるそうです。

昔の日本の家の台所には荒神様(こうじんさま)という火の神様・竈(かまど)の神様が祀られていました。この神様のおかげで、安全に火を使うことが出来て、煮炊きをすることが出来ると信じられていたそうです。

台所は家族の生命カとなる食事を作る大切な所であり、煮炊きになくてはならない火を扱う所で、火は人間生活の有り難い作用というだけでなく、悪い事の浄化や災厄にも繋がる扱いの難しい神の恵みと考えられていたそうです。

昔の人はその荒神様の性格から家の生活の神として称え、また恐れていたそうです。昔の日本は食事作法がとても厳しかったようで、妊婦が台所へ入ることを嫌っていたそうです。これも、この荒神様(こうじんさま)という台所に祀られた神様を敬う心からであったそうです。

そのために台所で作った食べ物を食べる時には荒神様(こうじんさま)への感謝を込めて、『いただきます。』と言い、食事が終わったら『ごちそうさまでした。』と言うようになったそうです。




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2012年02月13日

盛り塩と清めの塩は正反対の意味

塩は食用以外にもお清めとしても使われていますが、使い方によって「招く」と「清め」の正反対の二つ意味があるようです。

連敗中の野球チームがベンチの隅に綺麗に三角すい状にして塩を盛っていることがあります。これでは「清め」ではなく「招く」意味の塩で、今までの悪いものを追い払うどころか、さらに連敗を招くという意味になってしまうわけです。

日本には古来より海洋信仰があり、塩水は禊(みそぎ)の意味、つまり悪いものや不浄なものを取り祓う清めの働きを持っていると信仰されてきました。

例えば、伊勢神宮で、昔は「垢離(こり)を取る」と呼ぶ行為があり、宮川の河口の海に入って体を清め、それから参拝していたそうです。その後、その行為が略されて海草を体の周りで振り回し、禊(みそぎ)をする形になったそうです。

このように海の恵みである塩の結晶は悪いものや不浄なものを祓う神聖なものとされ、神様への捧げものとして扱われてきた歴史がありました。神事がルーツの相撲では、塩をまいて身を清めてから勝負に挑みます。

また葬儀から帰った時には体に塩をかける行為は、不浄なものを持ってこないようにと玄関で体に塩をかけて禊祓うわけです。またイヤな客が帰ったあとに塩をまくのも禊祓っている行為です。

一方で、客商売のお店の入り口などに三角すい状に盛る「盛り塩」は先客万来を願う縁起担ぎの行為です。清めのための「祓う」とは逆に「招く」行為になるわけです。

盛り塩の意味
神社の玉砂利の意味




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2012年02月12日

はないちもんめ、実はとても悲しい歌だった

子供の遊び歌の、はないちもんめ(花一匁)は、江戸時代〜明治時代の農村で実際にあった悲しいできごとを歌に表したものという説があります。

日本全国、各地方によって歌詞が異なるそうですが下記は関東地方で唄われた「はないちもんめ」の歌詞の一例です。
------------------------------------------------------------
『勝ってうれしいはないちもんめ、負けてくやしいはないちもんめ、となりのおばさんちょっと来ておくれ、鬼がいるから行かれない、お釜かぶってちょっと来ておくれ、釜がないから行かれない、布団かぶってちょっと来ておくれ、布団破れて行かれない、あの子がほしい、あの子じゃわからん、この子がほしい、この子じゃわからん、相談しよう、そうしよう』
------------------------------------------------------------

はないちもんめ(花一匁)の匁(もんめ)とは、一匁=3.75gで重さの単位です。昔、花の売買は重さが基準で行われていたそうです。

しかし、この歌詞にある花とは野に咲く花ではなく、花一匁=一輪の花=1人の女郎さん(じょろうさん)つまり、遊郭(ゆうかく)で働く娼婦を指しているそうです。

この歌は口減らしやお金のために集団で女郎屋(じょろうや)に売られてゆく、貧しい農村の娘さん達を花一匁(はないちもんめ)と、花に例えて歌われた、とても悲しい人身売買を暗喩した歌という説があります。

遊郭(ゆうかく)があった江戸時代〜明治時代は現代では考えられない程、貧富の差が激しかったそうです。農家でありながらも、米を食べられるのは、厳しい年貢のために正月、盆、節句、神事だけであったという貧しい生活の上に、作物の不作や飢饉で更に苦しんで貧困の極限にあった農村では、特に女の子が口減らしの為や家族が食べていくお金の為に人買いに売られていたそうです。

歌詞の「あの子が欲しい」「この子が欲しい」と言ったのは人買い達で「あの子じゃわからん」「この子じゃわからん」と言ったのは売られていく子の親という説と、子供を買いに来た人買い達同志のやりとりという説があるようです。

また「勝ってうれしい」は、実は「買えてうれしい」様を、「負けてくやしい」は値切られてくやしい様を表していいるそうです。「鬼がいるから行かれない」とありますが、これは女の子が脱走したくても監視が厳しくて脱走できない様を表しているそうです。最後の「相談しよう、そうしよう」とは、売買の価格をもっと交渉しようということだそうです。

この「はないちもんめ」は作詞者、作曲者とも不詳で歌が作られた時代もわからない様なので詳細や、このエピソードの真偽はわかりません。

しかし歌詞にある「もんめ(匁)」とは、1665年(寛文5年)から1891年(明治24年)まで実際に使われていた重さの単位であるそうなので、この頃の時代背景を元にして歌が作られたと推測できます。

人買いに売られていく娘さん達を花に例えて歌ったという「はないちもんめ」の、この悲しいエピソードは1970年代にテレビの音楽番組でも紹介されて視聴者の涙をさそったそうです。




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2012年02月09日

じゃんけんの起源

じゃんけんの起源にはいくつかの説があるようです。現在の形は19世紀に定着され、「じゃんけん」の「けん」は拳のことで、拳を使う遊びは大別して数拳と三すくみ拳があったそうです。

数拳は二人が互いに片手の指で数を示すと同時にお互いに出した数字の合計を言い、当たった方が勝ちというルール。中国が発祥で日本には平安時代に伝わり18世紀の初め頃から広まり、江戸時代の天保年間(1830〜1840)までは、これが大人の拳遊びであったそうです。

この他に、江戸時代の寛永12年(1635)に明からの貿易船が長崎に伝えた数拳の一種である、拇拳(ゆびけん)が、後に大阪や江戸などに伝わったというものです。

三すくみ拳は虫拳とも言い、こちらも中国から平安時代に伝わったそうです。ヘビ、カエル、ナメクジの三すくみから考えられたもので、人差し指はヘビ、親指はカエル、小指はナメクジだそうです。

幕末からは虫拳から生まれた狐拳(きつねけん)が主流となり、両手や身振りで、狐(きつね)、庄屋、鉄砲を表して、狐は庄屋に勝つ。庄屋は鉄砲に勝つ。鉄砲は狐に勝つ。というのがルールでこれらが現在のじゃんけんの始まりではないかとされています。




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2012年02月07日

城に松が植えられた理由

日本の城には松がよく似合い、風景としてとても絵になります。古くから城には松が植えられてきたそうですが、それは単に見栄えを良くするだけではなかったそうです。

松からは松脂(まつやに)が採れて照明や燃料にも利用でき、松脂から採れる油は止血薬としても使われていたそうです。

戦いが始り籠城することとなった時にもっとも問題となるのが食料なのだそうですが、黒松の林からはキノコ(松露)が採れるので、松は食用ともなるわけです。松の皮は昔から救荒食されていました。救荒食とは飢饉や災害、戦争に備えて備蓄、利用される代用食物のことです。

松の外側の黒い皮を削ると、その下に白い生皮が出てくるそうで、それを剥ぎ取り、臼でつき、水に浸して灰汁を抜き、その汁をこして乾かすと粉になるそうです。それと米や麦などの粉と混ぜて餅にして食べていたそうで、この餅のことを松皮餅といいます。

このように松には様々な利用価値があり、城に松が植えられていたのは、風景の見栄えを良くするばかりではなく、戦における利用価値にあったのです。

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2012年01月13日

香港はナゼ香りの港なのか?

香港は正式に中華人民共和国香港特別行政区と言うそうです。香港は中国語の標準語ではシャンカンと言うそうで、ホンコンと言うのは広東語の読み方だそうです。こちらの広東語の読み方の方が一般的になり、英語でも Hong Kong と書きます。

香港を文字通りに解釈すると「香りの港」という意味になりますが、ナゼそのような地名になったのでしょうか?

香港の地名の由来についてはいくつかの説があるそうです。

その昔、香港は香料の輸入港だったそうです。すなわち中国は南方産の栴檀(せんだん)、白檀(びゃくだん)、伽羅(きゃら)などの香木を輸入していて、その荷揚げ港が香港だったそうです。そこで香港と呼ばれるようになったという説。

別に、南シナ海で暴れまわっていた海賊の中に林鳳(りんほう)という親分がいて香港を拠点にしていたそうです。そこで林鳳の名前を取って、この地を鳳港(ほんこん)と呼ばれ、その後に香港という字に改められたという説。

はたしてどちらが正しいのでしょうか。

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2011年12月21日

なぜ赤と緑の字はタブーなのか?

日本で紅白はおめでたい色として使われ、その赤はおめでたい事を象徴する色となっています

しかし海外では赤を嫌う傾向もあります。聖書の中で赤を「罪悪の色」と記述してあるそうで、そのことと関係があるのではないかと言われています。

その昔、赤い髪を持つ女性は不幸の象徴で火の様に強い性格を持つと忌み嫌われていたそうです。「赤毛のアン」「にんじん」などでも主人公は髪が赤いゆえに悩んだりいじめられたりしていたのはよく知られています。昔の人々の思い込み、迷信とは恐ろしいものです。

このジンクスは、手紙を書くインクの色にまでおよび、赤いインクで手紙を書くとその相手と絶交を望んでいるという意味にとられても仕方がなかったそうです。

フランスでは「赤は死を呼び緑は不幸を招く」という言い伝えがあり、赤だけではなく緑のインクも手紙には使うべきではないと言われているそうです。

実際にはこれらのジンクスはヨーロッパの昔の人々の思い込みに過ぎず単なる迷信に過ぎないようで根拠もありません。日本でも手紙の全ての文章を赤で書くのは控えるべきと思われますが赤も緑も日本では良い色とされています。

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2011年12月10日

江戸の町は水道完備だった

昔むかし江戸時代には地下水を井戸でくみ上げて使っていたというイメージがありますが、実は江戸時代初期からすでに上水道が整備され水道が利用されていました。「水銀」という水道料金も徴収されていたそうです。

徳川家康は江戸に幕府を開くとすぐに神田上水を作ったそうです。飲用水と消防水の確保が街づくりに欠かせないと考えたからだそうです。やがて江戸の人口が増えると幕府は玉川上水を新設しました。

当時の水道は水源から水路で水を引き町内へは地下に木製の水管を引いて貯水槽まで送るという仕組みになっていたようです。

水道代は武家の場合は、それぞれの石高(玄米収穫量)によって割り当てられ、町人は地所の間口(土地の広さ)によって割り当てられていたそうです。そのため町人で水道代を払うのは地主だけで店子や長屋住まいの人は水道代は無料だったのだそうです。

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2011年11月13日

黒船が黒船と呼ばれていたわけ

寛永10年(1633年)刊行の「犬子集」(えのこしゅう)に「雲のかかる月や黒ふね空の海」という句が載っています。黒船といえば、嘉永6年(1853年)に浦賀に来航したペリーの黒船は有名です。

黒船という言葉はすでに中世末期から用いられていたそうです。明国、安南、シャムなど唐船以外の外国船を黒船と呼んでいたそうです。伊達政宗が慶長18年(1613年)に建造した船も黒船と称されていたそうです。

どうして「黒船」と呼ばれていたのか?

それは、昔の船(外国船)は木造船であり、船体に水がしみこむのを防ぐために船体に真っ黒なコールタールを塗っていたのだそうです。

慶長8年(1603年)に刊行された「日葡辞書」(にっぽじしょ)という辞書には、「黒船、インドから来たる大型の帆船のようなピッチ塗り(コールタール塗り)の船」と書かれているそうです。

ペリーの黒船も防水防腐のために船体に真っ黒なコールタールを塗っていたわけです。

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2011年09月13日

メリーさんの羊は実話だった

童謡の「メリーさんの羊」は、実話だったそうです。メリーさんの羊〜♪羊〜♪と軽快なメロディに乗ってはずむように唄う誰もが知るあの童謡です。

この歌の内容は小さな羊がメリーという名前の女の子について保育園へ行ったところ、園児達が騒ぎ出して先生に叱られてしまいましたが羊はおとなしく外でメリーを待っていたというものです。

この歌は元々アメリカの実話に基づいて作られているそうです。アメリカのボストン郊外にサウス・ザドベリーという町があり、この町には今もメリーが羊を連れて行ったという保育園が残っているそうです。

ここで起きた小さな出来事を1830年サラ・ジョセファーヘールという雑誌編集者が婦人雑誌に紹介し、これを基に「Mary had a little lamb」という童謡が作られたそうです。

この曲は8番まであって、最後は他の子供が「どうして羊はメリーがそんなに好きなの?」と聞くと先生が「それはメリーが羊をとっても好きだからよ。」と答えているそうです。

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2011年09月11日

派手という言葉の由来

外見が華やかで人目を引く事を派手といいますが、もともと外見をいう言葉ではありませんでした。

かつては破手、葉手、端手、と書かれていて、これは三味線の奏法の一種です。本来の弾き方からは外れてはいるが華やかな弾き方のことをそう呼んだそうです。

三味線の曲には基本の型がありますがその型を破り新しい手法で作られた楽曲が破手組と呼ばれ華やかな演奏が特徴的だそうです。

そこから色彩や装い、行動などの本来の形を破ってきらびやかになったものを破手と呼ぶようになり、表記が派手へと変わったそうです。

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2009年11月09日

大仏の頭

大仏の頭髪はパンチパーマをかけたように、イボイボ状になっています。それを仏教では螺髪(らはつ)といい、螺は巻貝のようにぐるぐる巻いた形のものという意味。仏教の開祖、釈迦の姿を表した仏像は32の大きな特質(三十二相)と80の小さな特質(八十種好)を備えていて、螺髪もその一つです。言い伝えによれば、釈迦は頭髪をツルツルに剃りあげないで、3〜4cmぐらい伸ばしていたといわれています。そしてその髪は1本1本右に巻いていて、今日でいうところのパンチパーマをかけたようになっていたそうです。奈良や鎌倉の大仏をはじめ、各仏像の頭がイボイボになっているのは、釈迦の髪の形からきており、あのイボイボは巻き髪を表現したものなのです。

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2009年10月05日

一妻多夫制が認められている社会

一夫多妻制は世界各地で認められていますが、一妻多夫制となると、歴史的にみてもヒマラヤのチベット族、南インドのトーダ族、ポリネシアのマーケサス島民にしかみられません。一妻多夫婚の背景にあるものは、ヒマラヤのチベット族の場合、適齢期の兄弟が同居している場合に兄弟で1人の妻を共有するという特長があるそうです。放牧など移動性に富むライフスタイルの彼らにとって、一妻多夫婚は財産の細分化や労働力の分散を防ぐための重要な手段であるようです。

南インドのトーダ族の場合も兄弟で妻を共有というスタイルですが、同年の若者数名で1人の妻を共有する場合もあるそうです。その妻は1ヶ月交替で夫の家に出向くそうです。これはトーダ族の場合、女の子が生れると間引きが行なわれていたため、女性の数が極端に少なかったことによるといわれています。

マーケサス島では19世紀初頭までは身分の高い女性は大勢のペキオ(第二の夫)に囲まれて暮らしていたそうです。

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2009年09月23日

聖徳太子が手にしているモノは?

聖徳太子像で太子はシャモジのようなモノを手にしていますが、あれは笏(しゃく)というモノです。笏は木や象牙などで作られていて官人や貴族などが正装したときに威儀を整えるために用いられていたそうです。他にも、この笏には実用的な側面もあったそうです。笏は手板とも呼ばれ、メモ代わりに用いられたそうです。儀式の進行やその他の事項を紙に書いて、それを笏の裏に貼り、忘れないようにしたそうです。

なお、笏を携帯するようになったのは奈良時代に入ってからだといわれています。従って聖徳太子の時代には笏は無く、笏を手にしている聖徳太子像は、後世の人が想像して描いたものだということになるわけです。

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2009年09月18日

戦の時の武士の食事

「腹が減っては戦はできぬ」といいます。乱世の時代の武士達は戦場でどんなものを食べていたのでしょう?

室町時代から戦国時代にかけて応仁の乱の頃は、干し飯(ほしいい)や焼き米を携帯していたそうです。干し飯とは、炊いたり蒸したりした米やアワなどを板状に乾燥させたもので、焼き米とは、米をもみ殻ごと煎ったあとで殻を取り除いたものだそうです。そしてこれらに水やお湯をかけて食べていたといいますから戦国時代にもレトルト食品があったわけです

味噌汁も応仁の乱の頃に具をたくさんいれた野戦食として生れました。大鍋で作り皆で囲んで食べていたようです。味噌は滋養ある保存食とされ、樽で運ばれていました。

やがて安土桃山時代になると、力をつける食材を集めた兵糧丸が生れます。これは、そば粉と麻の美、黒大豆をよく混ぜ合わせ、酒に浸して丸めたものを食べていたそうです。他に納豆を水で洗い粘りを取ってから干した干し納豆や梅干を干して固めたものを首から下げていたそうです。また干しワラビ、切り干し大根、里芋のずいき、わかめなどを焼いた味噌と一緒に湯で溶かして飲むインスタント味噌汁もあったそうです。


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2009年08月12日

「福」が逆さになってる意味は?

中華料理店へ行くと「福」の字を逆さにして壁に貼ってあるのを見かけます。この意味は「福」を逆さにすることで「福が天から落ちてくる、降ってくる」という信仰からくる招福のしきたりです。これと同じような風習がアメリカの田舎にもあります。ドアに馬の蹄鉄を上に開いた状態でUの字に打ち付けるのです。これは悪魔を追い払うとされる蹄鉄で天から降ってくる幸運を受け止めるという意味があります。

日本にもお札を逆さに貼る風習が京都の旧家などで残っています。「一二月三一日」の字を書いた紙を逆さにして玄関を入ったところに貼っておくと、泥棒除けになるとされます。また、病気になったときに「大」と書いた紙を逆さにして床の間に貼ると、病気が早く治ると信じられています。

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2009年07月18日

自分のルーツを知る方法

日本人の祖先といえば、大きく分けて縄文人と弥生人の2種類があります。自分の祖先ははたしてどちらなのか?これを知る簡単な方法があります。それは、耳アカから識別するというものです。

耳アカには乾いたコナミミと湿ったアメミミ(アブラミミ、ネコミミ)があります。このうち乾いたコナミミは本州で84%を占め、これは北東アジアの新モンゴロイド系で、すなわち弥生系の特徴だといいます。いっぽう湿ったアメミミは北海道、沖縄に多く、これは旧モンゴロイドの縄文系の特徴だそうです。

それぞれの簡単な特徴は、とても小さい歯だった縄文人、とても大きな歯だった弥生人、筋骨隆々だった縄文人、それにくらべて、少しきゃしゃだった弥生人、けがや病気も、縄文人と弥生人とは大きく違っていたそうです。これは,縄文時代の狩猟にもとづく生活から弥生時代の米作りにもとづく生活への社会・文化の変化とともに、朝鮮半島南部からやってきた人々と、北部九州地方在来の人々との混血によってもたらされた変化だと考えられています。

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2009年07月13日

戦国武将は男色(ホモ)だった

男色(なんしょく)とは男子の同性愛のこと。ジュリアス・シーザーをはじめとするローマ皇帝たちは男色であったそうです。またレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロといった天才たちも男色だったと知られています。日本でも男色はよくみられた性習慣であったそうで「源氏物語」にも色好みの一種として登場します。

戦国時代に入ると、男色は「戦国武将のたしなみ」といわれるようになり、戦国武将はこぞって美少年をはべらせ、身の回りの世話をさせたり、性の対象としていたそうです。1人の少年をめぐって戦が起きるケースも多々あったといいます。

武田信玄の男色は有名で、東京大学には今も、信玄が愛人の春日源助(高坂虎綱)に出したラブレターが残っています。そしてそこには「お前は私の浮気を疑っているが、私が好きなのはお前だけだ」と書かれているそうです。

そして高坂虎綱はかの有名な武田二十四将の1人となり、川中島の合戦では川越をして上杉軍を挟み撃ちにするという大きな功績をあげました。

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2009年07月03日

土壇場の怖い語源

「土壇場にならないとやる気が出ない」などと日常生活でも土壇場は良く使われる言葉です。この土壇場とは「土壇場に追い込まれる」というように、もう後がない切羽詰まった様子を表す言葉で、土壇場または土断場とも書かれます。

この土断とは江戸時代に罪人の処刑を行なっていた場所を指しています。土断はステージの様に土を60cm程盛り上げ、そこに罪人をうつぶせに寝かせ「生胴」という処刑を行なっていた場所です。「生胴」は生きたままの胴体を日本刀で真っ二つに切る処刑方法で、この刑の執行の目的には、恐怖による他者への見せしめ、医学書物との実証確認(この生胴検証により「解体新書/杉田玄白」の発刊も可能となった)、新刀の試し切り。などもあったそうです。

そこでこの土断の上に立てば、もう後も先もなく、逃げることはできないという意味から土壇場という言葉ができたそうです。現在ではドタキャンなどと軽く使っていますが、実はこのような怖い語源があったのです。

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2009年07月01日

女性の名前に子が付くわけ

ひと昔前まで、女性は子が付く名前がほとんどだったようです。古代中国で老子、孔子など偉人や学者の名前に子が付くことが多かったのは、子が敬称だったためで、このような習慣が日本にも伝わり、奈良時代、平安時代は身分の高い男女の名前の末尾に子がつくようになったそうです。

例えば男性では小野妹子、女性では文武天皇の妃になった藤原京子などがそうです。江戸時代になると、それまでは貴族など一部の特権階級の女性にしか付けられなかった子が武士の娘にも付けられるようになったそうです。

さらに明治時代になると、士農工商の身分制度が撤廃されたため子の付く女性は明治26年には17%、明治36年には37%、そして昭和8年には83%と急速に増えていったそうです。

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2009年06月29日

武士が額の上を剃っていたわけ

時代劇に出てくる武士は皆、額の上の部分の剃っています。これは月代(さかやき)と呼ばれる部分です。月代は合戦があったころの名残りで、日本では室町時代後半から徳川家康が江戸に幕府を開くまでの一世紀もの間、戦国の乱世が続きました。血で血を洗う合戦が頻繁に行なわれ、鎧(よろい)、兜(かぶと)に身を包んだ武士達が戦いに明け暮れていました。

この鎧、兜は合わせて70kgという重さで、しかも重いだけではなく、風通しがとても悪かったそうです。特に兜の風通しは非常に悪く、すぐに蒸れてしまうので、それを少しでもしのぎやすくするために、額の上の部分すなわち月代を剃っていたのです。

その後、時代が流れて江戸庶民の中にも月代を剃る者が多くあらわれてきましたが、これは合戦で戦っていた武士の真似をしてカッコをつけていたためだそうです。



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2009年06月17日

香水とお風呂

風呂を英語でbathといいますが、語源はイギリスのバース(Bath)という都市名に由来するそうです。バースは現在でも温泉地として知られていますが、その歴史は古く、古代ローマ帝国が進出してきた時に、風呂好きの古代ローマ人によって大公衆浴場が作られたことから町の名前もBathと呼ばれるようになったそうです。そしていつの間にか、風呂そのものをbathと呼ばれるようになったといわれています。

そしてこの浴場が香水の発達に深く関係しているといわれています。16世紀にヨーロッパを襲った伝染病の大流行で「伝染病は風呂でうつる」という風説がまたたくまに広がり、公衆浴場はことごとく閉鎖されたり破壊されたそうです。そして、その後19世紀までの300年もの間ヨーロッパ人は「伝染病は風呂でうつる」と信じて、入浴しないで過ごしたといわれているのです。

入浴しないことから当時の人々を困らせたのが体臭だそうです。貴族から庶民まで、ありあらゆる人々が猛烈な悪臭を放ち、例えばフランスのアンリ四世は愛人から「腐った肉の臭い」といわれたという話も残っているほどです。それに加え、当時はトイレで用を足すという習慣がなく、男女とも庭の隅などで立ったまま済ませていたそうです。

それは宮殿でも同様で、女性がどうして、あの釣鐘のような格好をしたスカートをはいていたかというと、そのままの姿勢で用を足せるからという説です。このように誰でも体から悪臭を放っていたため、その匂いをごまかすために、ヨーロッパでは様々な種類の香水が考え出されて急速に発達したそうです。

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2009年05月29日

てるてる坊主は人柱になった女の子だった

雨が降り続くと、てるてる坊主を吊るし、雨が止むように祈ります。このてるてる坊主のルーツは、赤と緑の服を着せてほうきを持たせた中国の人形にあるといわれていて、これが平安時代に日本に伝わり、てるてる坊主に変化したそうです。中国には次のような話が伝わっています。

『昔、折り紙が上手な晴娘という女の子がいました。ある年の六月、北京に大雨が続いて大洪水が起きました。晴娘が天に向かって、雨が止むように祈ったところ、天から「お前が雨の神の妃になるなら望みを叶えてやろう」という声がしました。晴娘が「わかりました。私が天に昇りますから雨を止めてください」というと、晴娘の姿は消えて、すっかり雨は止みました。これ以来、六月に雨が降り続くと、人々は晴娘のことを偲んで軒先に人形を吊るすようになりました』

山陰地方には、てるてる坊主ではなく、晴娘の人形を軒先に吊るす風習が今も残っています。ほうきを持たせるところもまったく同じで、中国大陸が近いことから、おそらく中国本土の風習が直接伝わり、今も残っているものと考えられます。

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2009年05月27日

日本人はナゼ手を振るのか?

奈良時代の貴婦人の正装に頒布(ひれ)と呼ばれた薄くて長い布がありました。これは天女の羽衣にみられる、肩から両腕にかけるものですが、もともとは神に奉仕する時にのみ用いられていたものです。昔の女性は、これを振って神の魂を奮い立たせ、神を呼び寄せようとしたのです。つまり頒布(ひれ)は呪いの道具で、その呪いの儀式は魂振り(たまふり)と呼ばれていました。

神社で柏手を打つのも、鈴を振るのも、みこしを揺さぶるのも、空気を振るわせることによって心霊を鼓舞しようとするもので、いずれも魂振り(たまふり)の儀式のひとつなのだそうです。やがて、この魂振りは、神に対してだけでなく、人に対しても行なわれるようになり「万葉集」には、恋人に向けて袖を振る歌が多く残されています。恋心から、相手の魂を引き寄せるおまじないが袖を振ることだったわけです。

日本人が「いってらっしゃい」と手を振るようになったのは、バイバイという別れの挨拶ではなく、もともとは魂振りの意味合いから行なわれていたのだそうです。昔の人は旅立つ人に手や袖を振ることで心霊を招き寄せ、その心霊の加護によって安全な旅ができるように祈っていました。そして、それが今も残っている「いってらっしゃい」と手を振る行為なのです。

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2009年05月18日

日本の国旗はナゼ日の丸なのか?

日の丸というデザイン自体の歴史は古く、平安時代から存在したといいます。朱印船でも日の丸を船印に使用し、戦国時代には、武田信玄や伊達政宗らが日の丸を旗印に用いていました。

日の丸が国旗として制定されたのは明治3年のことですが、それ以前に江戸末期の幕府は「日本総船印は日の丸」と定め、その後に起きた生麦事件が発端となって、日の丸が国際的に日本の国旗として認知されるようになったそうです。

開国か鎖国維持かで国論を二分する騒ぎにあったなか、鎖国を維持する尊皇攘夷派である薩摩藩島津久光の行列が、行く手を横切ったイギリス人4人を殺傷した事件、それが生麦事件です。

この事件が発端となり、翌年に薩摩藩とイギリスの間で戦争が起こり、この時の薩摩の艦隊の標識が日の丸だったのです。日の丸の旗を見たイギリス人が、日本の国旗だと思い込み、これが日の丸の国際デビューとなったわけです。

その後も幕府の軍艦咸臨丸が日の丸を掲げて太平洋を初めて渡り、日の丸は世界に知られるところとなりました。つまり日の丸は先に国際的に日本の国旗と認められた後で、国内で正式に日本の国旗と制定されたのです。

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2009年04月24日

昔の風呂はサウナだった

日本人は昔から風呂好きで清潔な民族と考えられているようですが、実際にはそうでもないようです。

日本人が日常生活の中で湯に入る、いわゆる入浴の習慣を取り入れるようになったのは、室町時代末期からのことです。それ以前は湯ではなく、風呂に入っていました。今では、入浴も風呂に入るのも同じ意味ですが、風呂の「風」は水蒸気、「呂」は奥深い部屋という意味なので、今でいう蒸し風呂。つまりサウナが昔の風呂だったのです。

サウナ式の風呂は、水蒸気がもうもうとしており、裸で入るとヤケドをする危険があったので、麻で作られた帷子(かたびら)という着物を着て入りました。この帷子が湯帷子(ゆかたびら)と呼ばれ、後に、「びら」が取れてゆかた(浴衣)となったのです。

ですから、ゆかたとは本来、人目につかないところで密かに着る、一種の肌着をさしたもので、現代のように人前に着て出る着物ではありませんでした。

風呂敷も文字通り、風呂場でスノコの下から吹上げてくる水蒸気を防ぐためにお尻の下に敷いた布だったのです。

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2009年04月11日

日曜日がなぜ休日なのか?

現在では、日曜日は休みの日と一般的になっていますが、もともと日本人の休みの日といえばお盆とお正月くらいであったそうです。

日曜日は休日という習慣ができたのは、キリスト教の影響だそうです。キリスト教徒には「安息日」という習慣があり、創造主の神が6日間、天地万物を造り7日目に休息したことに習い、キリスト教徒も6日間働いて7日目に一切の仕事を休んで神に祈りを捧げるようになったそうです。

そして、そこにキリストが復活したという神聖な日曜日を重ね合わせて日曜日を休日としたそうです。

日本に日曜日の習慣が入ってきたのは江戸末期、外国人と交渉が多くなった長崎の役所で、欧米人から休日の歩調を合わせてほしいとの申し出があり、月初日と日曜日を休日と決めたそうです。

以降、明治時代に入り学校や官庁も日曜日を休日とするようになっていったそうです。

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2009年04月10日

本当はアリとキリギリスじゃなかった

「アリとキリギリス」に代表されるイソップ物語は、動物などの世界にたとえて人間の生活の様相を描いた古代ギリシアの寓話(ぐうわ)集です。

作者のイソップについては、あまり詳しいことがわかっていません。なぜなら「イソップ物語」が刊行されたのはイソップが亡くなって200年以上経ってからのことだからです。

そのため「イソップ物語」の中にはオリジナルにはない物語が多くあるそうです。

現在わかっていることは、イソップは紀元前600年頃にギリシャに実在した人物で、奴隷だったそうです。しかし寓話(ぐうわ)作家としての才能が認められて自由の身となったらしいということくらいなのです。

「イソップ物語」は世界中で刊行されるうちに、オリジナルの作品から段々と姿を変えていったそうです。「アリとキリギリス」の物語もオリジナルは「アリとセミ」だったそうです。

イソップが活躍したギリシャには、セミがいましたが、ドイツやイギリスなどセミがいない地域では「コオロギ」や「キリギリス」などに変わってしまったのだそうです。

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2009年03月26日

人柱は本当の話

古代から城や橋などの大工事を行う時には、無事に完成する事を願って神に祈るとともに、生贄(いけにえ)が捧げられることがよくあったそうです。

通常は生きた人間を水底や土中に埋めていたそうです。「古事記」には仁徳天皇の頃、現在の淀川に茨田堤(まんだのつつみ)を築く際、夢のお告げによって2人の者を人柱にしたという話が残っています。

また民俗学者の柳田国男氏によれば、通りがかりの親子を人柱にするという伝承が残る地方もあるそうです。人柱の風習は日本だけではなく、アジア各国やアフリカ、ヨーロッパにもあります。中国には決壊した黄河の堤防工事があまりの難工事であったため、監督自ら人柱になったという記録が残されています。イギリスでは城の建設の際に人柱にされた人の霊が今も現れるという話が絶えません。

関東大震災で皇居の伏見櫓(ふしみやぐら)が倒壊した時に、崩れた土手の中から数体の人骨が発見され、人柱ではないかといわれましたが、場所柄か、話はうやむやとなり真相は闇の中だそうです。

新潟では地滑りが頻繁に起きていた場所で、通りがかった僧侶が自ら人柱になったところ、地滑りが治まったという伝承が残っていて、つい最近には、その伝承どおりにその場所から遺骨が発見されたそうです。

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2009年02月16日

神社の玉砂利の意味

神社の参道や敷地などには、よく玉砂利などが敷かれていますが、この玉砂利には深い意味があったのです。

本来、神社の様な神聖な場所をお参りする際には、身を清めなければなりません。参拝の前に手水舎(てみずや/ちょうずや)で手と口を清めるのも、その現われです。

かつては、手と口だけではなく、川や海の清い水につかり身体を洗い全身を清めてから参拝していたそうです。

伊勢神宮内宮の五十鈴川(いすずがわ)のように、神社の周りに流れている川で禊(みそぎ)をしていました。万葉集や平安時代の和歌集にも禊(みそぎ)が多く詠まれています。そしてそれを省略して現在のように手と口だけを清めるようになったのです。

参道や敷地に玉砂利を敷くことは、川の代わりを果たし、参拝者を清めるためだとされています。

敷かれているものには白い玉砂利も多く見られます。白は邪気を清める色とされ、玉は御霊(みたま)或いは魂に通じるとされます。歩くと足元から、ジャリジャリと鳴る音も清めの効果があるそうです。

ちなみに神社の参道の中央は「正中」と呼ばれる、神様の通り道なのだそうで、参道はなるべく中央を避けて歩くのが正しいそうです。

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2009年02月04日

一夫多妻が認められる様になったきっかけ

世界中のほとんどの国々では、一夫一婦制を法律で定めていて妻の権利は守られています。しかしイスラム教圏の国では、聖典であるコーランにより4人まで妻を持つことが許されている国もあります。

トルコでは、一婦多妻は認められていますが、法律的には一夫一婦制となっていて、第1婦人だけが入籍できる制度です。

イスラム教圏では、第1夫人〜第4夫人まで、みな平等の権利を持ち、差別する事はゆるされません。それぞれの子供についても同じ権利があります。

夫には、すべての夫人との間には同レベルの生活を保証しなければならないという義務があり、夫人を2人以上持つという事は、男の経済力の証明でもあるわけです。

コーランが一夫多妻を認めるようになったのは、イスラム布教の際の戦いのためであったといいます。

戦いでは、犠牲となった多くの兵士の妻や子供が路頭に迷ってしまったそうです。そんな残された女性と子供の生活を守るために、生き残った兵士が残された家族の面倒をみるということで、一夫多妻が認められる様になったそうです。

一夫多妻とは、戦後の救済措置であった制度が、今でも社会慣習として残り、結婚形態になっているわけです。

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2009年01月26日

こめかみの語源

疲れた時や頭痛がする時、眼が疲れた時などに指圧すると気持がいい場所に両目の目尻の脇のこめかみがあります。このこめかみの語源は「米噛み」からきています。

日本人の主食は古代から米でした。古くは固いままの生の米を食べていたため、耳の前の筋肉がピクピクと動くほどよく噛まなければならなかったことに由来しています。

東洋医学では、こめかみの部分のツボを「太陽穴」といって、ここを指圧すると目の周りのうっ血や溜まった疲労物質が取り除かれ、眼性疲労のツボとされています。

現代人の食べている米は柔らかく、他にも固い食べ物を食べる機会も無くなってきましたが、こめかみが疲れるのは古代の人も現代の人も変わらないようですね。

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2009年01月20日

『「君が代」の歌詞の意味』

君が代は、平安時代の「古今和歌集」の「賀歌」というお祝いの歌に、明治時代に曲がつけられたものです。

「君が代は 千代に八千代に さざれ石の巌となりて 苔のむすまで」 歌の意味は「あなたの人生は小さな石が大きな岩になり、こけがはえるように、長くあって欲しい。」と、長寿を祈っているのです。

小さな石が大きくなるというのは、非科学的ですが、当時は中国の影響で「万物は大きくなってゆく」という考えがあったことを反映したものだそうです。

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2009年01月07日

神社ではナゼ拍手を打つの?

神社で参拝する時は、お賽銭(さいせん)を投げ入れて鈴を鳴らし「二拝二拍手一拝」が基本。二度深くおじぎをしてポンポンと拍手を二度打って、お願い事を唱えてからもう一度深くおじぎをする。

古代日本の風習も記されている中国の「魏志倭人伝」によれば、日本人はどうやら神様の前だけではなく、貴人に会ったときもおじぎをして拍手を打ち、敬意を表す風習があったようです。

それがいつの間にか、貴人に対してはおじぎだけとなり、拍手はもっぱら神様の前で打つようになったそうです。

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2008年12月10日

「エリーゼのために」の真実

名曲「エリーゼのために」は、1810年、当時40歳のベートーベンが、18歳のテレーゼ・マルファッティーにプロポーズの気持をこめて作曲したものです。

つまりこの名曲の本当のタイトルは、「テレーゼのために」だったのです。

しかし楽譜に書かれていたベートーベンの字があまりにも汚かったために、後で見た人々がテレーゼをエリーゼと読み間違えてしまったそうです。

そしていつしか、「エリーゼのために」と呼ばれるようになったというのが、この名曲のタイトルの由来です。

ちなみにテレーゼへのプロポーズは断られてしまったそうです。

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2008年12月09日

銭形平次はフリーターだった

銭形平次は昭和6年に始まった連載小説の主人公で実在の人物ではありません。しかし銭形平次のような岡っ引き、目明しと呼ばれる人は実際に江戸時代に活躍していました。

岡っ引きというのはアルバイト扱いであったためその暮らしぶりは、銭形平次でみるように手ぜまな長屋生活でとても質素なものであったそうです。

江戸時代の取り締まり制度では、上から町奉行、与力、同心、町年寄となっていて、その下に手伝いとして銭形平次のような岡っ引きがいたのです。

岡っ引きは公認はされていましたが、正式な身分ではありませんでした。手当ても、捕り物があった時だけ臨時収入が入る程度。そのため、普通は他の仕事をしながら事件があった時だけ与力や同心に呼ばれて出動していたといいます。

そのため職権乱用にならないように十手は手元には置かずに事件のたびに役所へ行って十手を借りていたそうです。

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2008年11月21日

刹那ってどんな意味?

一瞬の刹那、刹那的などと使う「刹那」とは、アッという間の極めて短い時間のこと。

では、どのくらい短い時間を表すのか、刹那は、もともと仏教から来た言葉で、サンスクリット語のKsana(クシャナ)。極めて短い時間の単位です。

一昼夜を24時間として計算すると、1刹那とは、75分の1秒ということになります。つまり1刹那は、約0.0133秒で、本当に眼にもとまらぬアッという間の一瞬です。

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2008年11月20日

祝儀袋にはナゼ紅白の水引がかけてあるの?

室町時代、中国から来る輸入品にはすべて箱の上に赤と白の縄が縛りつけてありました。

中国の人たちは、たんに輸出品という目印のためにこの紅白の縄を縛っていたのですが、日本では、古代からの結びの信仰と相まって、一方的に、これをおめでたい印とみなしていたのです。

結びの信仰とは、何かを結ぶことで、魂がその結び目に宿り、贈る人のところに自分の魂を運んでいくという贈り物の習慣に紅白の水引が結びついたそうです。

黒白の不祝儀袋の水引は、紅白の水引をヒントにして生じたものと考えられています。

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2008年10月27日

「ごまかす」とごまの関係とは


「ごまかす」とは、ずるをするとかはぐらかす、真実を押し隠すなどあまり良い事には使いませんが、もともとは「物ごとを良くする」という意味の言葉でした。


「ごまかす」とは、料理に「ごま」を合わせて、よりいっそう良い料理の様に見せかけることをいいました。


肉や魚を入れない精進料理を食べることを旨としている禅寺では、ごまは欠かせない、脂肪源で、様々な料理にごまを多用し、ごまかした料理をよく食べていました。


ごまは香りが良く、どんな食品にあしらっても、一段と風味が増します。そうしたところから、本来はそれほど美味しくないものまで美味しくみせることで、「偽る」という意味に転じたということです。


ごまには、セサミノールという老化を防ぐ成分が含まれていて、そのためか、昔から禅宗の僧侶は長生きが多く、ごまは現在でも、老化防止の長寿食の一つとされています。

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2008年10月24日

トランプのマークは何の意味?


トランプは、中世ヨーロッパの宿場などで、カードによる賭け事が盛んに行われ、そこで使われていたカードが発展したものではないかといわれています。


そのトランプのマークであるダイヤ・スペード・ハート・クラブは、どこから来たものなのでしょうか?


このマークは、中世の身分制度を象徴しているのです。


ハートは、心臓、心、愛などではなく、キリスト教の神父が手にしている聖杯の形からきたもの。スペードは、軍人の剣を形どったもの。ダイヤは商人の宝物を表し。クラブは農民が手にするこん棒を意味しています。


この四つの身分制度を超えて、何にでも変身できるのがジョーカーです。ジョーカーは大道芸人をシンボライズしたもので、時と場所により、様々な役どころを演じることができるのです。

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2008年10月22日

店の「のれん」の効用


飲み屋さんや和食のお店の入り口に下げられている「のれん」の効用は、外から店内が見えにくくなり、お店の前を通りがかった人が、つい中をのぞいてみたくなること。


そして、夜になると、のれん越しにチラチラと見える店内の明かりが客を誘うのだそうです。


また営業中にのれんを出しているお店は、こののれんの出し入れで開店か閉店かの表示をしています。


江戸時代には、どの商店にも必ずのれんが下がっていて、ハエが入らないためと、熱気を外に出すための縄のれんだったそうです。


和食のお店ののれんは、お客を引き付ける大事なアイテムですよね。

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2008年10月20日

郵便マーク「〒」の意味とは?

郵便マーク「〒」は、私達の生活にすっかりと溶け込み、馴染み深いマークのひとつですね。


明治4年に東京、京都、大阪に郵便役所が設けられて新しい郵便制度が発足しました。


この時の郵便マークは当時の逓信省の頭文字をとってアルファベットの「T」とされていました。しかし「T」マークは、外国郵便の料金不足を表すマークであったことから、これに代わるマークが新たに考えられました。


そして出来上がったのは、やはり逓信省の頭文字ですが、今度は、カタカナで「テ」を図案化して「〒」が制定されました。明治20年のことです。

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2008年10月16日

キャノンの社名の由来は観音様

日本を代表する多くの有名大企業の中の1社で、カメラ・OA機器メーカーのキャノン(株)の社名の由来は、キャノン広報部によれば、1934年に日本最初の高級35ミリカメラを試作した際に観音様を深く信仰していた研究者がそのカメラにカンノン(KWANON)と命名したが発祥なのだそうです。

しかしその後、近代的な高級カメラのイメージになじまないと判断し、現在のキャノン(Canon)と名称を変更したそうです。

英語のCanonには、規準・規範・正典などの意味があり、正確さを基本とする精密産業にふさわしいとされたそうです。

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2008年10月15日

松竹梅がなんでめでたいの?

松竹梅の由来は次の通りです。


松は冬でも枯れないことから不老長寿の代名詞とされ、竹は成長が早くて真っ直ぐに伸びることから出世・潔白の象徴とされました。そして梅は、冬の寒い時期に花を咲かせることから忍耐・努力を意味するそうです。


現在では松が一番良いという序列ができていますが、この由来から見れば、梅が一番でもかまわないはずです。


この松竹梅の序列は、結婚式の三三九度からきています。3回にわけて飲むのを順番に松、竹、梅と言ったので、最初にくる松が一番めでたいとされるようになったのです。


それが料理などにも用いられるようになったそうです。確かに上中下より松竹梅の方が印象が良いようです。

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